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zoom RSS 孤独と自由〜『103歳になってわかったこと』篠田桃紅著より

<<   作成日時 : 2015/05/01 07:52   >>

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 著者の篠田桃紅さんは美術家という肩書ですが、「墨象」の分野で今も現役で活動されています。個展を観に行ったことがありますが、墨の濃淡を活かした線と面の芸術です。映画監督の篠田正浩さんのいとこでもあります。そんな彼女が書いた本が、今ベストセラ−になっています。

 若い頃、周りの女性達は学校を卒業すると、すぐに親の決めた相手と結婚して、戦争によって早くに未亡人となってしまいました。それを見て「自分は自由に生きていこう」と思ったそうです。100歳を超えた今、これまで生きてきた中で得られた考え方などを知ることは、きっと私達にも参考になることでしょう。一部を抜粋しましたのでご覧ください。

【死生観はありません】
 これまで私は長寿を願ったことはありません。淡々と生きてきました。今でも、死ぬまでにこういうことはしておきたいなど、なに一つ考えていません。いつ死んでもいい、そう思ったこともありません。人が生まれて死ぬことは、考えてもわかることではありません。

 自然のはからいによるもので、人の知能の外、人の領域ではないと思うからです。死んだあとの魂についても、様々な議論がありますが、生きているうちは確かなことは分かりません。

 人の領域ではないことに思いをめぐらせても、真理に近づくことはできません。それなら一切を考えず、毎日を自然体で生きるように心がけるだけです。

【自らに由(よ)れば、人生は最後まで自分のものにできる】
 私は生涯、一人身で家庭を持ちませんでした。どこの美術団体にも所属しませんでしたので、比較的自由に仕事をしてきました。自由というのは今の私かもしれません。

 この歳になると、誰とも対立することはありません。百歳はこの世の治外法権です。今の私は自分の意に染まないことはしないようにしていますし、無理はしません。自由という熟語は自らに由ると書きますが、私は自らに由って生きていますから、孤独で寂しいという思いはありません。むしろ、気楽で平和です。

【自らの足で立っている人は、過度な依存はしない】
 私は24歳で実家を出てから、ずっと一人で暮らしていますが、孤独を当たり前だと思っています。一人の時間は特別なことではなく、わびしいことでもありません。誰かが一緒にいないと寂しくてたまらない、と思ったこともありません。ごく自然に、一人でいることを前提に生きてきました。

 また人に対して、過度な期待も愛情も憎しみも持ちません。そもそも、人には介入するものではないと思っています。

≪漢字の「人」の字≫
 人はお互いに支え合って生きる物だから、二本の線で成り立っているといいます。しかし、古代の甲骨文字を見ますと、「人」という字は一人で立っています。横向きになって両手を前に出して、何かを始めようとしているように見えます。あるいは手を差し出して、人を助けようとしているのかもしれません。

 いずれにせよ、二本の線が支え合わないと成り立たない「人」とは違い、相手への過度な依存はしていません。私には古代の「人」の方が、本来の人の姿だと思います。古代の人のように、最期まで一人で立っている人でありたいと願っています。

【日々違う。生きていることに、同じことの繰り返しはない】
 百歳を過ぎて、どのように歳を取ったらいいのか、私にも初めてで経験がありませんから戸惑います。前例が少なくお手本もありません。全部、自分で創造して生きていかなければなりません。歳を取るということは、クリエイトするということです。作品を作るよりずっと大変です。

 すべてのことが衰えていくのが歳を取るということなのに、二重のハンディで、毎日を創造的に生きていかなければなりません。楽しいことではありませんが、マンネリズムはありません。

 〈『道程』 高村光太郎の詩〉 
 僕の前に道はない
 僕の後ろに道は出来る

 私の後ろに道ができるとは微塵も思いませんが、老境に入って道なき道を手探りで進んでいるという感じです。これまでも勝手気ままに自分一人の考えでやってきましたので、日々やれることをやっているという具合です。

【杭に結びつけた心のひもを切って、精神の自由を得る】
 歳相応という言葉がありますが、人を批評するのに年齢はたいへん便利な言葉です。私は歳には無頓着です。これまで歳を基準に物事を考えたことは一度もありません。何かを決めて行動することに歳が関係したことはありません。自分の生き方を年齢で判断する、これほど愚かな価値観はないと思っています。

 私の女学生時代は戦前でしたので、「いい歳をした」若い女性はお嫁に行くものだとされていました。でも戦争で友人達は新婚早々、夫が戦死して未亡人となって、舅姑とその家族に奉公する人生を送ることになりました。「いい歳だから」と結婚したことが、悔いを残す人生となってしまったのです。

 私が初めて個展を開いたのは、戦後の混乱期で40歳を過ぎていました。その後43歳で渡米しましたが、この渡米がきっかけとなり、作品が世界中に広まることになりました。

 仕事をスタ−トさせるには、大変遅い年齢でしたが、年齢で縛りつける生き方をすることの方が、私には不思議でした。こうして私が長生きしているのも、自らの人生を枠におさめなかったことが幸いして、精神的にいい影響を及ぼしているのかもしれません。

 いかがでしたか?では今回から、本の中の著者の言葉を書きましょう。
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